建築をかんがえるシリーズ VOL.3  テキスタイルをまとう空間

 昨年からの好評につき今年も「建築をかんがえるシリーズ」を開催することにしました。第3回は、堤有希さんをお招きし、茨城県取手市にある堤さんのアトリエからテキスタイルをまとう空間についてお話ししていただきました。堤さんとは株式会社NUNOで働いてらっしゃった頃に知り合い、その間、様々なプロジェクトでテキスタイルやカーテンを制作していただきました。今は東京藝術大学に在席しながら、テキスタイルと空間について日々考えていらっしゃいます。コロナ禍ではありましたが、Zoomを使ったレクチャーとすることで、全国からたくさんの方にご参加いただき、堤さんの空間への真摯取り組みに触れる機会となりました。(錦織真也)

講演者:堤 有希
1986 年 山形県酒田市生まれ。武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科 テキスタイルデザイン専攻卒業後、株式会社布に勤務。2018 年退社し、現在 東京藝術大学大学院 美術研究科修士課程在学中。 物質の空間性、または空間の物質性をテーマに、 テキスタイルを主とした素材で作品制作を試みる。 建築家とのプロジェクトで空間づくりにも携わる。

ファシリテータ:錦織 真也
報告者:谷越 楓
2019.8.25(土)10:00~11:30
@合同会社小川錦織一級建築士事務所

空間と光とテキスタイルの関係性

 一般にテキスタイルデザインと一言でいっても、その仕事は服飾やインテリアなど多岐に渡ります。織り組織、染色技法、縫製方法など意匠性にこだわるのか、通気や遮光などの機能性を重要視するのか、目的によって考える要素は異なり、多様な発想が可能です。その中で、空間を相手にしてテキスタイルを考える堤さんは、常に”光との関係性”を念頭にデザインされていると感じました。綺麗な透け感に圧倒されてテキスタイルばかりに注目しがちですが、今回のレクチャーではテキスタイルデザインを超えた空間デザインについて学ぶことができました。

 大学時代から染色や手織りを経験してきた堤さんですが、現在は内部空間でのデザインに多く携わり、空間における新しいテキスタイルのあり方を提案されています。光という要素を取り入れることでテキスタイルの色や空間そのものが変化して行くことを考慮しつつ、どのようにして実現したい質感を作り出しているかというと、染めの試行錯誤の工程を数値として記録しているそうです。空間と自然な一体感のある堤さんのテキスタイルは、想像もできない地道な積み重ねによって作り出されたものでした。これには参加者一同驚きました。

 丁寧なスタディの繰り返しは、テキスタイル自体の質感だけでなく、建築とどのように関わるのかということに対しても取り組まれています。例えばあるプロジェクトでは、壁に使われている吸音パネルのリズムを反映し、遮光生地に手作業で穴を開けて光を透過させたり、またある時は布の重ね方を工夫することで時間帯による自然光の変化を室内に取り入れながら、視線の透過とのバランスが取れたファサードを作り出したりしたそうです。空間ごとに丹念に光の取り入れ方や表現を研究する堤さんの姿勢が印象的でした。

写真:川越健太

アート作品としてのテキスタイル

 堤さんは、空間におけるテキスタイルを制作する傍ら、テキスタイルを使ったアート作品にも取り組まれてきました。瀬戸内国際芸術祭2019の「流れる瞬間、うつろう場所」では、古民家のなかにもう一つの空間を作ろうという思いのもと、地鎮祭から作品がスタートします。裾に重りを吊したテキスタイルで壁のように内部の空間を仕切っていき、新たな通路を作り上げます。吊るされているのは堤さん自身が集めた石などです。民家の博物館が保存するものと、自身が拾ったものを混ぜて、一つの空間として展示しました。

瀬戸内国際芸術祭2019「流れる瞬間、うつろう場所」

 また、横浜美術館前美術広場でのアートイベント「コンパスヨコハマ2019」ではテキスタイルを屋外に展示するということを初めて試みました。3つのコンテナを手編み生地で包み、大型商業施設と丹下健三・都市・建築設計事務所設計の美術館に挟まれた広場に設置しました。これまでは内部空間を使う人の視点で考えてきたのに対して、人の流れや周辺環境に与える影響を慎重に読み解いていく必要があり、すごく難しかったと堤さんは振り返ります。広場を長いこと観察し、ランドマークタワーを背に写真をとる人々が立ち止まるポイントをヒントにアイディアを練り、コンテナを配置することでその広場がどのように変わるのか、またその固いコンテナを柔らかい布で包むことで生まれる空間の違いは何か、など様々な観点からこの作品は形づくられていきました。屋外での展示という経験を通じて、空間とテキスタイルとの関係性について考えるベクトルがより増えたそうです。

「コンパスヨコハマ2019」

建築空間とテキスタイル

 次に堤さんから建築の内装の事例をいくつかご紹介いただきました。まずはパーソナルジムにおけるカーテンのデザインです。(「CELL」ARII IRIE ARCHITECTS, 2019)ここではマテリアルの個性が強い空間に、柔らかくて儚いテキスタイルをどのように馴染ませられるかというところが課題でした。アクセントとなるオレンジ色の透明間仕切りと、内装材を剥がした時にできる模様が残ったままの剥き出しのコンクリート壁で構成されたジム内のトレーニングマシンが並ぶ一面のガラス窓にカーテンは掛かります。堤さんは、そのコンクリートに残った模様をカーテンに写すことで建築のリズムをテキスタイルにも継承することを考えました。また、硬く存在感のあるコンクリートに対し、外からの光の変化によって模様が浮かび上がったり見えなくなったりするよう、模様自体が薄く透けるデザインとしました。テキスタイルの模様は全て手作業で染色することで、機械では作り出せないランダムなリズム感を再現しました。

「CELL」 透ける模様によるランダムなリズム感 写真:宇田川俊之

 続いて、個人の住宅におけるカーテンも紹介していただきました。秋本邸(EIKA studio, 2019)は、ダイナミックな空間構成と繊細なマテリアル使いが特徴で、それらのバランスによって居心地の良い空間が実現されています。堤さんは実際に秋山邸で上ったり降りたりという身体運動をする中で壁や天井の微妙な色や素材の差が空間を作っているような感覚を持ったそうです。模型や現地で何度もスタディを重ね、色のトーンや素材感を大切にしたカーテンとしました。様々な素材を継ぎ接ぎしたカーテンはうるさい印象を与えてしまいがちですが、完成したカーテンは15種類の布のパッチワークでできています。布は建具のサイズを元に接ぎ合わされ、この空間だからこそ多くの素材を使っても許容されるようなカーテンに仕上がりました。

アトリエでのパッチワークスタディの様子

 透過性を考えるということは光を相手にスタディを重ねるということですが、それは机の上では難しい作業です。山口県で子供塾のためのカーテンをデザインした際にも、実際に現場の窓に照らし合わせながらサンプル作りを行ったそうです。これまでにも布テキスタイルの重ね合わせによって生まれる色の変化をカーテンに取り入れてきましたが、このプロジェクトではさらにそれを発展させました。秋本邸と同様、接ぎ方は建築の構造のピッチに合わせて、光が強い時には白く、弱い時には一枚一枚の色味が出てくる状況を作り出しました。日が暮れてきたというような時間の経過を、勉強する子供達に感じてもらえるような、外と内をつなぐカーテンを完成させました。

サンプルづくりの様子。昼の光(左)と夜の光(右)

内から外へ

 最後に紹介いただいたのは、ビル全体のカーテンを担当したREVZO Toranomon(川島範久建築設計事務所、日本土地建物株式会社, 2020)です。これまでの作品と異なり建築の高さ方向の変化が大きく、11階のビル全体の空間について考慮する必要がありました。その上、ほとんどのフロアはテナントに貸すため内装が仕上がっておらず、完成していたのは10階・11階のみでした。どういった空間になるのか分からない段階でカーテンをデザインするヒントを見つけなければいけないという新しいチャレンジだったそうです。今までは内部空間とどのように関われるものを作るのか、光と空間との関係性を調整しながら考えてきましたが、内装の完成していない部屋においてはむしろフロアごとに異なる景色をどうやって内部空間に取り入れるかということにフォーカスしました。結果的に出来上がったテキスタイルは、縦に山と谷を作った立体的なストライプで、表と裏を感じさせないものになりました。堤さんはデザインする際、建物の周りをぐるぐると歩き回っていた時に高さの違う周辺のビルがいびつに重なり合っている様子が目にとまったといいます。単体としてのビルではなく、群として見ながら歩いていくと、まるでそれらが自分を起点に動いているように見えてきたそうです。この光景に魅力を感じ、外部空間を内部に最大限反映させる媒体としてのカーテンにたどり着きました。ストライプのテキスタイルは、それ越しに見える屋外のビル群の景色の垂直性を強調し、外部の街を内部に接続させます。また10階、11階の棚や柱のリズムにも呼応し、すでに完成していた内装との接続も可能にしました。

「REVZO Toranomon」 立体ストライプ 写真:川越健太

アトリエ案内と制作の進め方

 ディスカッションでは最初に、現在堤さんが制作を行なっているアトリエの様子を見せていただきました。染色のサンプルを作る場だけでなく、イメージのドローイングを描く、図面を広げながら検討する、カーテンを設置する窓の簡易模型を製作して立体的な検討を行う、ミシンで布を縫い合わせるなど様々なスタディが行えるような場所となっていました。レクチャーでも説明があったように制作の多くの過程は一人で進めており、サンプル作りにとどまらず納品までこだわって自分の手で作り上げる様子がモニター越しのアトリエからも伝わってきました。特に驚いたのは、平面上で考えていてもなかなかアイディアがまとまらないということで、窓の50分の1模型を紙で作られていたところです。イメージが湧かなければ現場に行ったり簡易的でも模型を作ったりすることで、とにかく手を動かして立体的にスタディを繰り返していることがよく分かりました。このように作りながら見えてくることが多いので、サンプルは堤さん自身が制作する一方で、REVZO Toranomon のような大きなプロジェクトは、チームで4ヶ月ほどかけてカーテンを完成させることもあるそうです。

自身の感覚と深く向き合う姿勢

 レクチャーの中で参加者の興味を惹いたのは、色の数値化という話でした。一つの色として我々が認識しているものが、実は様々な要素が影響しあって成り立っているということを知り、色を再現し作り出すというテキスタイルの奥深さを改めて感じました。水と染料の割合や生地の影響、染色する時間など、サンプル作りの試行錯誤は経験とともに数値として記録され蓄積されていきます。それでも出来上がったテキスタイルを実際に空間においてみると、光や空気との関係で違う色に見えることもあるそうです。また、テキスタイルに当たる光に左右されて色が異なって見えるので、基本的には自然光のもとで色の確認するようにしているそうです。

色の数値化の試み

 さらに参加者の注目を集めたのが、堤さんの色のサンプルです。堤さんが見せてくださったのは小さな釣り箱でした。中には、これまで堤さんが良いと思い集めてきた「青色」がたくさん保管されていました。他にもそれぞれの色用の箱があるそうです。これらの色は、まだ数値として再現できていないものも多いそうですが、染色サンプルを作ることで色をコレクションしている様子がとても面白かったです。また、カメラで気になった色の写真を撮っておくこともあるそうです。データに残る色は、実際に体験した色や記憶の色とは多少異なりますが、それでも一つの目として記録していると言います。

たとえ感覚的に良いと思うもの、相性が良いと感じる色の組み合わせからテキスタイルが生まれたとしても、その直感の裏側の数値的なつながりを探りたいと考え、自分の感性と向き合うことでそれを人と共有しようと探り続ける姿勢が、堤さんの制作のベースになっていると思いました。

アトリエでレクチャーをする堤さん

カーテンという”もの”にしない

 堤さんによるパーソナルジムのカーテンは、生地に透けた模様がついているというユニークなデザインでしたが、その模様と透け感の作り方について参加者から質問がありました。コンクリートの壁に残った模様をどのようにして布に写したかというと、模様の感覚や質感を知るために現地で実際に拓本をとり、布に透過性のある模様を再現したそうです。また模様は、植物と化学繊維が織られた布に、植物部分を溶かす溶剤を塗ることによって透け感を出す技法を採用したそうです。

このように、それぞれの空間にあった斬新なコンセプトは、現場でのスタディと並行して練り上げられていくことが多いそうです。光があることで内部空間が見えてくるという姿勢を大事にし、カーテンの多くは透ける素材をベースに用いています。その上で、普段は空間を仕切るものという印象があるカーテンが、光との相互作用の中で内部と外部にどのような影響をもたらすかというところをアイディアの発端にしています。通りに面してカーテンがファサードとして作用する例では、ガラス面の反射を考慮して強い色を用いる必要があり、内部に表れる色との調整に苦労したこともあったそうです。単にカーテンという”もの”ではなく、窓の位置や方向など建築的な意図を汲み取りながら、その効果を増幅させるものとしてカーテンが作用しているという視点でもう一度作品を見ることができます。

制作の様子

素材へのこだわり

 とはいえ、内装の一部として機能するテキスタイルなので、メンテナンスについてはどのように考えられているのかという疑問が参加者から上げられました。堤さんによると、例えばパーソナルジムで用いられたテキスタイルは、汗が飛ぶことを考慮し洗濯可能なものになっているそうです。住宅での作品も同様、人が生活の中で使用していくものは全てメンテナンスを考慮してデザインされているそうです。また、建築的には防炎性能が求められる場合は、デザインと関係なく素材の機能について意識しなければいけません。堤さんご自身のアート作品は、テンポラリーなものが多いので、メンテナンスや機能性についてはそこまで重要視していないそうですが、横浜のアートイベントでは屋外に展示できるようポリエステルのオーガンジーのテープを使用しました。ちょうど台風の時期で雨風に晒されましたが、吸水しない素材を使用したため、晴れたときにはすぐ乾き、現在も傷むことなく作品を保管できているそうです。

 また、別の参加者からは他の内装の仕事に比べ、完成している部分と照らし合わせながら出来上がる空間をイメージして素材や色を選ぶことができるのではないかという話が出ました。堤さんによると、カーテン制作がスタートするタイミングはプロジェクトにより異なりますが、自然光と室内照明のどちらも加味した上で表現したい質感を実現することは、とても難しいそうです。そのような状況においても、全体の光とバランスを取るこだわりが感じられました。

コロナ禍でのテキスタイル

 最後に、新型コロナウィルス感染症による空間とテキスタイルについて考えました。感染症対策の一つとして、空間と空間、人と人をあらゆる場面で仕切るために、透明なカーテンがテキスタイルの従来の役割を超えて頻繁に使われるようになりました。設置方法にこだわっているおしゃれなカフェがあると同時に、ビニール生地がぶら下げられているだけのスーパーのような場所もありますが、いずれも共通してこの透明な仕切りはそこに存在しないものとして受容されています。テキスタイルが私たちの身体感覚に働きかけ、内と外を仕切ったり接続したりするものであるというこれまでの堤さんの意図とは異なるあり方です。常に空間との関係性の中で作品を考えてきたからこそ、堤さんは装飾的なものとしてテキスタイルを作ろうとしてこなかったそうです。しかし今後は、この透明なものを通してみえる新しいテキスタイルのあり方を作品制作に活かし、もの自体にもっと着目することでその存在が人の心にどう作用するのかについて考えてみたいそうです。

まとめ

 堤さんのレクチャーは、一つ一つの作品の裏にある空間に対する考えや提案が丁寧に表されていて、テキスタイルデザインだけでなく表現者としての姿勢もとても勉強になりました。作り手として自分が良いと思うアイディアを形にする際、同時に受け取り側の視点も持ち、常に主観と客観を行き来できるということがとても大切だと思います。

デザインに携わる人々が大切にしている自身の感性は、言語化を通じてより多くの人と共有し、発展させられるものだということを強く感じました。空間の一部という抽象性の高いテキスタイルになり得るため、光が差し込むことで成り立つ存在として空間を理解しようとする姿勢が様々な作品制作のベースになっていることが分かりました。(文:谷越 楓)

参考:小川錦織一級建築士事務所と堤さんとの仕事 (※NUNO在籍時のものになります)

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