建築をかんがえるシリーズ VOL.4  熊本と構造設計からみえてくる新しい建築のかたち

 「建築をかんがえるシリーズ」第4回は、熊本で構造設計事務所をされている黒岩裕樹さんをお迎えして、熊本地震からの自宅再建の様子や代表作を紹介していただきました。レクチャー当日は、丁度最大風速80mが見込まれる台風が接近している時で、モニター越しに見る黒岩さんの表情は、いつもに増して真剣なご様子でした。沖縄から北海道まで日本各地からZoomで参加した聴講者も、台風を気遣いつつ、震災復興からの黒岩さんの活動や新しい構造の取り組みについてのお話に引込まれていきました。レクチャーが終了してすぐ、ご自宅の補強のための買い出しに行かれた黒岩さんですが、そのかいあってか台風での被害はなく、無事ここにご紹介することができました。ご参加いただいた皆様、なにより台風が接近する中、熊本から新しい建築を発信してくださった黒岩さんに改めて感謝申し上げます。(錦織真也)

講演者:黒岩 裕樹
黒岩構造設計事ム所・構造設計一級建築士・博士(工学)

1980年熊本県生まれ。2003年琉球大学環境建設工学科卒業。2003年〜06年鈴木啓/ASA勤務。2006年黒岩構造設計事ム所設立。2008年九州大学大学院博士前期課程修了。2013年熊本大学博士後期課程修了(岡部猛研究室)。主な作品に、福岡市水上公園SHIP’S GARDEN、仙厳園、御船町コミュニティスペース、合戦峰地区物販所。近作に平戸城懐柔櫓宿泊施設(2020)、盛岡バスセンター(2022)。主な論考に『建築技術No.827』(建築技術、2018 年)、『structure No.148』(JSCA 2018年 )、構造設計を仕事にする 思考と技術・独立と働き方(学芸出版社、2019年)

ファシリテータ:錦織 真也
報告者:尾瀬優香理
2019.9.5(土)10:00〜11:30
@合同会社小川錦織一級建築士事務所

 建築構造設計者である黒岩さんは、出身地である熊本に事務所を構えて構造設計をされています。2016年の熊本地震では、住んでいたマンションが被害に遭い、自宅の再建を進める一方で、仮設住宅や集会所の建設に携わり復興に尽力されました。今年7月に再建された(自宅神水公衆浴場, 西村浩/ワークヴィジョンズ+竹味佑人建築設計室+黒岩構造設計事務所, 2020)は、1階に銭湯を備えた2階建ての住宅で、再建する際は構造設計者の技術と知識をフルに活かした設計と施工をされています。レクチャーでは、木造建築を中心に震災復興時の活動とその後の嵌合接合を用いた構造設計、そして自宅の設計・施工でチャレンジされたお話を伺いました。レクチャーには、構造設計や意匠設計など建築の様々な分野の方が参加していました。構造の技術的な質問から、CLTへの理解を深め実務で使っていくための質問など、いろんな角度から構造設計について議論が交わされました。

熊本地震での経験と学び

 黒岩さんは2016年の熊本地震発災直後から建築士会の有志とともに、地震で被害を受けた建物等の危険度を判定する被災建築物応急危険度判定を1ヶ月ほど行っていたそうです。そして、建築構造技術者として、被災した建物の損傷状況を調査した経験から、建築基準法の問題点を強く意識するようになったそうです。現状の建築基準法では、建物の強度計算をする際、揺れの大きい地震は1回の発生しか想定しておらず、1回目の地震による損傷についても特別考慮されてないそうです。黒岩さんは、震災の経験から複数回の地震による損傷と1回目の地震による建築物への損傷の2点を規定した被災度区分を作成するべきだと改めて感じたそうです。後に再建された自宅の神水公衆浴場では、大きい地震が2回来たときに6割の耐力が残っているように設計されました。

 他にも黒岩さんは、坂茂さんの当時避難所でのボランタリー・アーキテクツ・ネットワークの紙管組み立てに協力されました。紙管は1ヶ月ほどしか使われませんでしたが、後に仮設の集会所の日除けファサードとして転用され、とても好評だったそうです。さらに、その頃東京で開催されていたHOUSE VISIONというプロジェクトで使われた木材を、イベント終了後に復興が急がれる熊本で再利用して集会所を作り、復興に一役買ったそうです。他にも、黒岩さんは地元の材料を使った集会所を多数設計されました。熊本では地震の後、木造の集会所が比較的多くつくられましたが、九州の木材はヤング係数(木材の固さを表す)が他と比べて低く、たわみやすい上、間伐材が多いことから、小角材を重ね木材の体力と剛性を上げていく重ね透かし梁構造で設計したそうです。木材が入り組んだ重ね透かし梁構造は、意匠としても目を惹きますが、九州の木材を使う上で構造的にも合理的であることから、その後再建される自宅の神水公衆浴場の1階天井にも使われています。

金物なしの接合と挑戦

 続いて、金物を使わない込み栓接合についてのお話がありました。ドイツのフランクフルトで仮設店舗を設計するプロジェクト(Main Matsuri, リズムデザイン, 2019)では、解体して移築できるようにしてほしいという要望があったそうで、ここでは幅はぎ集成パネル張り面材を使いました。解体が容易にできるよう、留め具を金物ではなく全て「木込み栓」で留められる仕様で設計することにしたそうです。レクチャーの映像では、実際に木込み栓をハンマーで叩いて解体している様子を見せていただき、想像していたよりも手軽に取り外せていることがとても印象的でした。また現地で組み立てる際に、部材配置ミスをしてしまったそうですが、軽量であるがゆえに、現地の大工さんが人力で配置し直したエピソードは、鉄骨やコンクリートではできないことで、とても興味深かったです。一方で、木材の仮設は木込み栓の磨耗により使用回数が限定されてしまうという課題についても共有していただきました。

Main Matsuri, 2019

神水公衆浴場 -構造設計者としての自宅再建-

神水公衆浴場, 2020

 熊本地震によって、黒岩さんが当時住んでいた旧耐震の7階建てマンションは大規模半壊となりました。その後、マンション住民の5分の4の賛成があるとそのマンションの今後を決定できるという「建物の区分所有等に関する法律」によって、黒岩さんたちはマンションを手放さなければならず、自宅の再建を余儀なくされました。再建された自宅は、熊本の神水という、地下水が豊富で温泉が湧く地に銭湯を併設して建てられたため、神水公衆浴場と呼ばれています。熊本地震の際に多くの人がお風呂に入れず困っていたこと、自宅の再建場所が夜間にひっそりしてしまっており、せっかく自宅を建てるなら何かしら地元に貢献できるものにしたいという気持ちから、1階を銭湯、2階を住居という計画にしたそうです。1階は高い天井と繊細な在来規格の柱で支えられた重ね透かし梁が目を惹きます。2階は、迫力ある大きなアーチ型の屋根の下に住居機能がシンプルにまとめられており、1階、2階共に構造美が映える設計となっています。これらは熊本地震の復興時に設計してきた集会所の重ね透かし梁の経験を生かすことや、一般的な木の集成材による湾曲材を使うよりもCLT(CLT: Cross Laminated Timber, 直行集成板)でコストを削減することにチャレンジしたいという意図があったそうです。特にCLTについては、木材の活用に注目が集まっているものの、コストがかかり取り組みづらい印象があるため、神水公衆浴場の建設を通して、CLT普及の一躍を担えればと考えたそうです。

 

 神水公衆浴場の建設は構造設計者だからこそ為し得た面が多いことに驚きました。熊本地震での経験から、自宅では今後起こりうる複数回の大地震に耐えられる設計としました。具体的には、2回目以降の地震を考慮した解析モデルを自ら設定し、設計を進めたそうです。また、狭い敷地でも部材の搬入と施工がスムーズに進められるよう、近隣の学校の作業場を借りて様々な部材のユニット化を計画的に進めていきました。建設時にはコストを抑えるために黒岩さん自身が現場監督をしつつ一部の部材を組み立てる大工作業をするなど、構造設計者の領域を超えて関わっておられます。このような数々のチャレンジを行なったことで、通常の発注ではかなり膨らんでしまうコストを最終的には在来工法で作った場合と同程度に抑えたそうです。

神水公衆浴場 アーチ屋根の千切りの打ち込みをする黒岩さん

 また、これらのチャレンジは構造実験を行なって安全性を確保しながら進められました。例えば、神水公衆浴場の主要構造物であるCLTのアーチ屋根を現場に運び入れる時には、CLTのアーチ部材を布バンドで吊って現場に搬入するのですが、その際、布バンドでつられている部分より先の部材が片持ち状態になり、CLTの部材をつなぐ千切りの曲げでしか力を伝達できないことが問題となっていました。通常の設計式では計算できないため、曲げ試験を行い新たな設計式を設定することにしたそうです。鎌継ぎの計算式を転用し、今回の接合方法に合わせた計算式を作って実験をしたところ、計算式に近い実験値が出たことで、アーチ屋根の搬入が実現しました。

神水公衆浴場 アーチ屋根搬入の様子

神水公衆浴場 アーチ屋根の曲げ試験

神水公衆浴場 試験で破壊された接合部分

ディスカッション

 ディスカッションでは、構造やCLTへの積極的な質問が寄せられました。構造設計者の方からは、1階天井の重ね透かし梁と2階CLTのアーチ屋根の接合に使われている千切りに関する技術的な質問がありました。重ね透かし梁については、一般的なラーメン構造の梁と柱を接合させる部材が対角線状に組まれているものの、水平構面とする考えはなかったのかという質問がありました。それに対して黒岩さんは、1階は銭湯で階高を大きくとりたかったので、1階のラーメン構造の曲げ耐力を増やすために梁を二股に分けたということでした。重ね透かし梁によって、ラーメン構造の曲げを負担しつつ、水平構面を負担する設計はかなり複雑になるため、ラーメン構造の曲げ耐力を増やすという本来の目的を優先し、水平構面は負担しなかったそうです。重ね透かし梁は、柱に斜めに接合されており、柱に集まる梁の断面積を増やして耐力を上げることができると同時に、意匠的にも魅力的な空間が実現しているそうです。

神水公衆浴場 重ね透かし梁建て方

 また千切りの接合部については、雇い実の形状を変えられるのでは?という意見が出ましたが、この意見に対し、黒岩さん自身も、今後やるのであれば形状を改良する方向性もあり得るとおっしゃっていました。ただ、構造実験から、千切りとCLTの接地面積を増やすと曲げ破壊が生じて雇い実が先行破壊され、千切りとの組み合わせ耐力にならなかったため、実際には施工のズレを解消させるために雇い実を入れるのみとしたそうです。質問をされた構造設計者の方からは、このようなチャレンジングな構造実験に対して、次の設計にも繋げられる可能性が指摘され盛り上がりました。

 

 千切り以外の嵌合接合についても複数の聴講者から質問がありました。ある聴講者からは国内で木を接合材料とする長所についての質問がありました。この質問に対して、CLTの金物自体が在来の金物と比べると高額であるため、木接合にすると在来工法と変わらないコストにできるメリットがあるだろうという回答をいただきました。しかし一方で、現在の日本ではCLTが高層の建物で使われていくのか、それとも中低層で使われていくのかがはっきり見えておらず、もし高層となると金物で接合する可能性が高いそうです。また他の聴講者からは、フランクフルトでの木ダボ接合によるCLTの仮設店舗プロジェクトは、ダボを少しずつ大きくすることで、何回も使い続けることはできるかという質問がありました。黒岩さんによると、ダボ自体の磨耗はないものの、移築していくごとに穴が広がっていくため、その変化に合わせたダボを作れば繰り返し使うことは可能だろうということでした。

 

 会場からは、CLTについての質問が多くありました。例えば、ある聴講者の方からは神水公衆浴場はアーチ状CLT屋根でつくられているけれど、アーチ型集成材とどのように違うのかという質問がありました。黒岩さんによると、コスト面では、集成材の場合、曲げるためのコストがかかってしまい、現実的ではないということでした。実際、神水公衆浴場も湾曲材ではなく、CLTを嵌合接合することで湾曲した形状にしてコストを抑えたそうです。耐力面では、湾曲した集成材の方がアーチ効果で梁せいを減らせるのですが、湾曲したCLTは日本に工場がなくつくれないため、今回は千切りによる嵌合接合のCLTアーチとしたそうです。

 

 その他には、神水公衆浴場のCLTは特殊な形状であるため、発注者によってはコストが高くなるのかという質問に対し、黒岩さんから、CLT工場の持っている機械によってコストが変わってくるという回答がありました。今回のケースのように、3m×13mの CLT材を先に作ってから千切り部材を切り出すことができる機械を持つ工場に発注すると、他の工場の半分ほどのコストに抑えられるそうです。木材加工工場の得意不得意を見極めていくことが大事ということを実感させられました。

神水公衆浴場 工場で加工される千切り

まとめと後日談

 今回のレクチャーから、CLTへの一般的なイメージと実際の現場での認識の差が浮き彫りとなったように思われます。通常、CLTはコストがかかりなかなか取り組みにくいと言われる材料ですが、木材の流通にも詳しい黒岩さんのCLTを使った自宅再建のエピソードから、認識を改める必要性が見えてきました。

 もともとCLTは仕上げ材も兼ねられるという点ではコストを多少なりとも抑えられることが知られていますが、それ以上にCLTを加工する工場によってコストに差が出てくるようでした。現在、全国で広く流通しているCLTは比較的高い価格設定のものが多く、工場を選べば価格はその1/3の価格で同じ質のものを手に入れることもできるそうです。流通しているCLTの価格を参考にしてしまうと、CLTは高いというイメージが先行し、採用しづらい部材となってしまっているそうです。

 神水公衆浴場のように、CLTを用いながらもコストを抑えた設計ができたのは、黒岩さんが木造のスペシャリストであり、かつCLTの流通に詳しい構造設計者であったからこそと思われます。他にも、木材による嵌合接合の構造設計や、構造設計部材の図面を描き、発注から施工までが1つながりとなった独自の建築設計プロセスなど、新しい手法を取り入れていくことで、震災時の対応や地産地消といった地域の課題に向き合った建築システムを目指されているように感じられました。構造設計者の知恵をもっと活かし、施工や調達方法を見直していくと、よりいい建築を作ることができるのではないかと思わされる貴重なレクチャーでした。