第5回は、仙台を拠点にランドスケープ・デザイナーとして活動されている山越健造さんをお迎えし、植物や庭、ランドスケープにまつわる多様な視点と活動をご紹介いただきました。山越さんは、イギリスでデザインを学び、帰国後は日本庭園の作庭にも関わっていらっしゃいます。その幅広いご経験が、大規模な公園のランドスケープから個人邸の小さな庭まで息づいていました。また、常に思考を重ねながらデザインを進めていく山越さんを通して、改めてランドスケープデザインの奥深さを認識することができました。当日は、建築デザイン関係者の参加も多く、この分野に対する並々ならぬ興味と熱気を感じた会でもありました。(錦織 真也)
講演者:山越 健造
山越健造デザインスタジオ 代表
Dip (Garden Design) ISGD ,1級造園施工管理技師
1972年 仙台市生まれ。1997年 Inchbald School of Design(UK)卒業後、小山雅久 氏に師事。Del Buono Gazerwitz Landscape Architects(英)のプロジェクトスタッフなどを経て、現在に至る。作品:1998年 各種施設、個人邸、店舗等のランドスケープ・ガーデン・外構・庭園などのデザイン、設計、監理、施工、及び植栽計画1998年「八木山動物園猛獣舎 植栽計画」2000年「国際バラとガーデニングショー」2008年より「本田技研さくら研究所新テストコース プランティングデザイン」
ファシリテータ:錦織 真也
報告者:佐々木 結
(在ヘルシンキ)
2020.12.19(土)14:30~16:00
Ⅰ.レクチャー
建築と庭のかかわり
山越さんは、庭やランドスケープ・植栽の企画・デザインなどに関わるお仕事をなさっています。山越さんがデザインを学んだロンドンのThe Inchbald School of Designという学校は建築家のザハ・ハディッド氏の出身校でもあり、そこで学ばれた内容は建築とも関わりが深かったそうです。また、実務の場でも日本庭園の設計・調査など、建築と庭との関わりについて学ぶ機会が多かったそうです。
伝統的な日本建築では建築と庭との関わりは密接で切り離せないものであり、日本庭園は「建築があっての庭」であると山越さんは考えています。欧州や中国などの「対・過酷な自然」という環境における壁の建築に対し、日本や東南アジアの柱・梁構造の建築は開口部の自由度が高く、外と中の境界が曖昧です。障子、ふすまといった建具の一枚向こうが庭や風景であるという感覚は日本において顕著なものなのではないかと山越さんは考えています。例えば、レクチャーで紹介された山形県上山市の春雨庵では、季節と共にある暮らし・生活を肌で感じることができます。大きな庭に東屋がある構成の庭は欧州にもありますが、春雨庵のような「住空間にある庭」は世界的に見ても多くありません。
日本語の「庭」の語源は諸説ありますが、一説には、に(土)は(場)に由来するそうです。そしてそれは、現在私たちが庭と聞いてイメージする”Garden”よりも、”Court”のような意味合いが強かったようです。欧州では法廷や裁判所をCourtと呼びますが、日本では、儀式・神事を行う場所・農家における軒先や土間が「にわ(には)」と呼ばれていました。一方でGardenは、住居からは少し離れたところにある花を植えるスペースや畑を作るための場所であったようです。こういった歴史や経緯も踏まえ、住空間、庭、庭園、周囲の風景をまとめて、あるいはそれらを構成する諸要素が「ランドスケープ」であると山越さんは考えています。
庭の中の植栽
ランドスケープの要素の中で重要なものの一つに植栽があります。植栽には、二酸化炭素削減、塩害対策などの機能的なものから、宗教的なもの、装飾的なものなどがあり、多様な目的・用途としてデザインされてきた歴史があります。
八木山動物公園猛獣舎は、山越さんが仙台で公共空間として初めて植栽計画を行った場所です。建築家の針生承一氏が改修計画を行い、山越さんはアフリカライオン、ホッキョクグマ、スマトラトラのエリアとその周辺の植栽を計画されました。特にスマトラエリアでは、インドネシアの熱帯地域の生々しさを、仙台で育てられる植栽でいかに表現するかという点で苦労されたそうです。また、立体的な奥行きを感じさせるような「立ち上がりの緑の可視化」を意図したデザインをされており、動物の後ろの背景が石や岩だけになってしまわないよう、ツル性の植物を這わせるなどの工夫を凝らしたそうです。
「仙台市八木山動物公園植栽計画」東北に亜熱帯の風景をつくる
オフィスビルや商業施設のランドスケープをデザインする場合も、「立ち上がりの緑の可視化」は大切なポイントの一つであり、利用者に一見緑がたくさんある印象を与えられます。人が普段見ている視界(地面と建築の1階レベル程度)に季節とともに日々移ろう草花があることが、心地良い緑を感じる上でとても重要とされており、「立ち上がりの緑の可視化」を取り入れた植栽が増えているそうです。仙台のオフィスビルやホテル・商業施設のプロジェクトにおいて、山越さんは一階・地下・ペデストリアンデッキなどを覆う緑、ホテルやオフィス棟のランドスケープ設計を担当されました。サツキやツツジによる既存の植栽を宿根草の草花に植え替え、季節や日々の移ろいを感じられることに特化した植栽計画をされています。
実は現在、宿根草をメインにしたナチュラリスティックな植栽が見直されているそうです。ロンドンにはGROSS. MAXというランドスケープ設計事務所が計画し、Piet Oudolf氏が植栽計画を行ったサイトがあり、そこでも宿根草が使用されています。宿根草とは、一度その場所に根付くと毎年花を咲かせる植物です。春に芽生えて花を咲かせ、夏も茂り、冬は地上部が枯れますが、翌年再び同じ場所から芽を出します。
ロンドンの宿根草のある風景
宿根草による冬の枯野を楽しむ感覚が実は日本人には昔からあったのではないかと山越さんは考えています。欧州の人たちは今もそのような冬の枯れた風景を楽しんでいるそうです。宿根草のある風景はススキ野の枯れた風景に近く、懐かしさが感じられ、枯れる前の寂しげな印象も情緒があります。宿根草は一年草を季節ごとに植え替えるよりもメンテナンスの手間やランニングコストが少ないといった利点もあり、日本でも宿根草で展開するランドスケープの可能性があるのではないかと山越さんは考えます。
デザインで大切にしていること―バランスとコントラスト
ランドスケープには、二酸化炭素削減、温暖化軽減、ヒートアイランド緩和、生物多様性の促進といった様々なトピックがあります。緑の面積が多いほどそれらの課題は緩和・解決されるとされていますが、最近、「ただ緑がたくさんあればいいんだろう」という傾向があるように感じられるそうです。その一方で、掃除が大変なので葉は落ちてほしくない、鳥や虫は来てほしくないというクライアントや利用者の声も少なくありません。また、緑化資材やビニールポットなどのプラスチック製品の環境負荷も無視できません。昨今の大きな問題として、ゲリラ豪雨といった暴風雨に伴う水害も多く見られます。そのためランドスケープや庭をデザインする場合、いかに地表面に蓋をせずに地中に水を浸透させるかといった部分も重要になります。そうした様々な課題に対し、インフラレベルでの対応も必要ですが、同時に、個人レベルでできることも多いのではないかと山越さんは考えています。例えば個人邸の植栽でも、それぞれの植物が考慮してレイアウトされていれば大切な環境浄化装置になり、生き物の食源や棲み処にもなります。
このような背景を踏まえ、植栽ひとつとっても歴史的・文化的風土、世界のトレンド、環境問題など、サイトごとのバランスを考えてデザインしていきたいと山越さんはおっしゃっていました。次に、山越さんがこれまでに手掛けてこられた事例をいくつかご紹介いただきました。
・病院の中庭(コートヤード)のプロジェクト-N医院中庭/courtyard n
山越さんは90年代中頃にDieter Kienastなどの影響を受け、モダンでミニマルなデザインとナチュラリスティックな植栽のバランスのとり方を意識するようになったそうです。このプロジェクトでは、反復した配置のプランターのデザイン、水鉢のテクスチャ、有機的なラインの石組み、植物とのコントラストなどが互いを引き立てあうようにデザインされています。樹木のラインや葉の色が季節の変化として強調されるような空間を意識したそうです。
「N医院中庭/courtyard n」
・個人邸でのプロジェクト-S邸/garden s
クライアントの趣味の音楽やインテリアの傾向を共有してデザインを進めたそうです。限られた予算の中で音楽やインテリアとの統一感のある空間として庭を計画しました。雄勝スレートの端材を使用し、マテリアルのコントラストや対比で構成したそうです。
「S邸/garden s」マテリアルのコントラストと対比
・事務所兼個人邸の前庭のプロジェクト-M邸/garden m
モダンでシンプルな建築との調和、コントラストをはじめ、敷地全体のテーマとして「四神相応」という昔の中国の自然の捉え方に基づいてデザインされています。宿根草をメインに使った野趣あふれるモダンガーデンです。山越さんが庭をデザインする際には、陰影、光と影のコントラスト、ソフトマテリアル(植栽)とハードマテリアルのコントラストなどを意識しているそうです。また、鉄板を植栽スペースのエッジに使用するなど、マテリアルの劣化・変化のスピードの違いにも留意しているとのことでした。
「M邸/garden m」宿根草
「M邸/garden m」ソフトマテリアルとハードマテリアル
日本庭園の魅力
山越さんはその後、モダンでミニマルなデザインから、徐々に日本庭園に惹かれ始めたそうです。設計・調査だけにとどまらず日本庭園の現場にも参加するようになり、山越さんにとっての日本庭園の先生である小山雅久氏のもとでデザイン・設計・現場などに携わるようになりました。
宮城県大和町の龍華院には、小山氏が震災直後に手掛けた岩組みがあります。また、同じ敷地の北側は、池の水を抜いて庭を作り直したそうですが、その際には小山氏のこだわりで、石を吊り上げて動かす仕組みをつかって人力で石を移動させたそうです。日本庭園で用いられる竹垣や石組みには様々な種類・様式があります。仏教からの引用、見立てなども多く、実際にある有名な庭をモチーフに庭を作ることもあり、抽象と具象のバリエーションに富んだ深い世界が広がっていて非常に面白いそうです。また、美しい日本庭園であればあるほど人の手による維持が大切であり、文化財的な側面のある日本庭園の価値を見極めて伝承するためにも、日本庭園の文化を絶やさず盛り上げていきたいとおっしゃっていました。
龍華院の岩組み
インドアグリーン・フェイクプランツのデザイン
続いて、より身近な緑として、建築の内側に展示されるインドアグリーンについてお話いただきました。
仙台の大学の本屋兼カフェの新設当時、アート企画で一定期間展示されたインドアグリーンのデザインでは、日本や宮城県にゆかりのある植物をレイアウトし、仙台や東北の歴史的・風土的文脈を植栽で表現しています。
「Parasite Art Project@Boook」
また、フェイクプランツを使用した作品についてもお話を伺うことができました。それまでフェイクプランツへ違和感を持っていたところから、認識に変化があったそうです。違和感は日なたを好む植物と日陰を好む植物が一緒に植えられていたり、乾燥地の植物と湿地の植物が一緒に植えられていたりといった点が原因であったそうですが、その部分を整えるだけでも視覚的に改善される可能性を感じられたとのことでした。フェイクであるからこそ植物のバリエーションが豊富で、カラー、テクスチャ、高さなども豊かに表現できるという魅力もあるそうです。フェイクプランツが視覚的に遜色なく表現できる緑になりつつあるだけに、実際の植物に求められる二酸化炭素削減等の機能的効果を持たないことで、今後どう展開していくのかを考えさせられるとのことでした。
フェイクプランツを用いた、音響芸術家の及川潤耶氏とのプロジェクト
Ⅱ.ディスカッション
参加者「山越さんの担当されている範囲、得意分野はどのようなものですか?」
-得意分野はランドスケープ、植栽計画です。樹木・低木・草花・宿根草の植栽計画の担当として仕事をすることが多いです。
参加者「雨水処理について、外構デザインに取り入れることはありますか?」
-雨水処理は外構デザインにおいてもとても大切な課題の一つです。勾配をとって直接排水溝や集水施設に流す、というのが一般的なのかもしれないのですが、なるべくコンクリートやアスファルトなどで地面に蓋をせず、地中への浸透を促すデザインを考慮します。例えば雨水を一時的に集めるレインガーデンとしての植栽スペースを設けることや、雨が地表面に落ちる前のクッションになる、樹木の葉や枝、草花などの効果、適した品種の選定などを考えてデザインします。
参加者「欧州では枯れていく草木も愛でるという話がありましたが、季節ごとにうつろう草花を楽しむことについて、日本ではどうなのでしょうか。また、緑化の主流がどのような方向に向かっているのか教えてください。」
-枯れゆくさまを楽しむという文化は日本にもあると思っていましたが、実は街中にススキなどのグラス・草類を植えている緑化スペースは日本にはあまりありません。これからは日本でもこうした面が模索されていきそうだと感じます。今も仙台のペデストリアンデッキで宿根草への植え替えが行われています。ただ、それは仙台だからできるのであって、東京などでは湿度や気温が高すぎるために植栽できる宿根草が限られているといった問題があります。逆に、北海道では素晴らしいサイトがたくさん見られます。
参加者「植栽について、当初の設計のままの環境を維持するには、その後のメンテナンスが続くという状況なのでしょうか。」
-はい、優秀なガーデナーが必要です。デザイナーがしっかりとデザインしてもメンテナンスが良くないと素敵な状態は維持されません。逆に、ガーデナーがしっかりしているとデザインがうまくなくても徐々に良くなっていくこともあります。メンテナンスとデザインはどちらも重要です。メンテナンス指示書などもありますが、意図したものをどう維持するか・(場合によっては)どう発展させていくかという役割もガーデナーにはあります。
参加者「宿根草は具体的にどのような種類の植物がありますか。また、どういった場所で使うのがベストなのでしょうか。」
-宿根草は、日本に昔からある植物でいえば、ススキ、アヤメなどがあります。場所については、土が限られているスペースに向く宿根草もありますし、日陰で育つもの、湿り気のある場所で育つものなどもあります。環境に合わせて選ぶとその場所でしっかり育ってくれると思います。
「M邸/garden m」宿根草の風景
参加者「宿根草は花期が短く、見映えの寂しい時期が長いように感じます。そういったことについてどうお考えですか。また、おすすめの宿根草があれば教えていただきたいです。」
-見た目が寂しくなる期間、花が無い期間はあります。ただ、例えばススキは緑のある期間が長いです。花の期間が短くても、ストラクチャー、つまり植物の姿かたちが残る植物を使うようにしています。フジバカマなど、古くからある丈夫な園芸品種を使うと長い期間目を楽しませてくれます。
参加者「香りも植栽デザインのアプローチに含まれていますか。」
-花や樹木の香りはよくデザインに取り入れます。宿根草のハーブを使うこともあります。人の歩く場所に香りのある植物を植えると踏まれたときに香りが出ます。
「N邸/garden n」
参加者「照明と植物との関係について、考えていらっしゃることがあれば教えてください。植物に照明を当てることで光・熱などによる問題はありませんか。」
-状況によりますが、植物の美しさを顕在化する上で照明の役割は大きいと思っています。一日中植物に光を当て続けていることによる影響は不明ですが、どうなのかなと思うことはあります。光を当てすぎて枯れたなどの具体的な被害は感じていません。
参加者「気軽に見に行ける仙台の庭スポットがあれば教えてください。」
-実は仙台にはそういった場所は少ないと思います。仙台駅西口の緑、西公園の周辺がどう変わっていくかによると思います。日本庭園も実は仙台には少ないです。仙台のイグネなどは風景自体が素晴らしいですが、庭園と呼ばれる場所は少ないと思います。
参加者「さきほどお話にあった、大和町の龍華院はどうですか。」
-普段は一般公開されていて、良い庭です。いろいろな文脈が織り込まれています。
龍華院
参加者「最初にお話があったCourtとGardenについて、それぞれで心掛けていることはありますか。」
-Courtは生活の場でありながらも儀式の場でもありました。生活の中でいかに快適に外の空間を生活に取り込めるか、アウトドアとインドアをあいまいにしたスペースがCourt(庭)だと良いなと思いながらデザインしています。家の中にいるような感覚で庭でも過ごせる時間がとれるように、家の中を外に持っていけるようなデザインも意図することがあります。緑を近くに取り込もうとしている建築家もいるので、外と内のあいまいさといったテーマについて建築家と話してみたいです。
参加者「昔は屋外も部屋の中と同じように生活の場として設えられていたのでしょうか。今では家から一歩外に出ると街があり、街にはあまり居場所が無いと感じることもあります。このコロナ禍で建物の中に大勢でいられないぶん、都市の中の緑、居心地の良い公園などを再発見することがありました。コロナ禍を踏まえて、庭やランドスケープの在り方への考えの変化、発見はありましたか。」
-庭で何をするかは人それぞれで多様です。以前は庭でパーティーやバーベキューをしたいといった要望が多かったのに対し、最近は庭で家族とリラックスしたい、植物と共に過ごす時間を作りたいというクライアントが増えているように感じました。
普段建築を学んでいる私にとっては、植栽・ランドスケープの設計はメンテナンスによる変化も含めた設計者と植物との相互作用があるように感じられ、建築のようにコントロールしきれないからこその面白さがあるように思いました。また、建築と比べて、短い時間で日々変化し、季節ごとに大きく異なる表情を見せてくれる点にも、生き物である植栽ならではの魅力を感じました。そんな植栽に対して、建築がどれほど懐の深い空間を設えられるのか、そういった面も今後考えていきたいです。
そして、コロナ禍で外出の機会が減っている今だからこそ、社会全体で身近な自然である庭や植栽への関心が高まりつつあるように思います。報告者の周りでも、寒い冬に差し掛かり部屋の中に植物を設える友人が多くおり、私自身も家の中のささやかな鉢植えに心を和ませています。植栽の奥深い世界とその魅力を感じられたレクチャーでした。(佐々木 結)