建築をかんがえるシリーズ vol.1 福祉からみえてくるこれからの建築

 当事務所では、不定期で「建築をかんがえるシリーズ」と題して、レクチャーと議論の二部構成より成るイベントを開催しております。 
 第1回目は、施設計画と児童養護施設の研究を専門とする石垣文さんをお招きし、前半は、著作や調査研究からみえてくるこどもをとりまく環境とこれからの建築の姿についてお話しいただました。後半は、参加者と石垣さんを交え、こどものための建築について議論を深めていきました。児童養護施設のレクチャーであったにもかかわらず、これからの社会や建築のありかたまで視点を広く共有できた回となりました。(錦織真也)

講演者:石垣文(広島大学助教)
専門:施設計画,児童養護施設
ファシリテータ:錦織真也
報告者:平井百香
2019.9.21(土)10:00〜11:30
@合同会社小川錦織一級建築士事務所

Ⅰ.レクチャー

近年の児童養護施設の状況

児童養護施設にいる子どもは、戦後は、親のいない孤児が多かったのですが、近年は、親からの虐待などの問題を抱え、心や身体が健全に育まれていないケースが多いそうです。子どもによって、家庭環境やニーズも異なるため、個別支援をいかに行うか、安定的な環境で普通に近い暮らしをいかに実現するかが重要とのこと。この20年ほどは、一般家庭に近い環境で子どもを育てること、また、児童養護の場が地域に展開されていくことがテーマとなっています。
 食堂やリビングを大人数でシェアする施設は「大舎型」と呼ばれ、小規模なユニットでのケアを行っている施設は「小舎型」と呼ばれています。大舎型の施設では、個別性を尊重した支援が難しい面があると言われています。
 石垣さんは、大舎型の施設を小舎型へ建て替えるプロジェクトに携わっており、個の領域の確保や、個別性と帰属集団の形成の両立などを目標に、建替えの計画のアドバイスをした事例を紹介いただきました。そこでは、みんなで暮らす食堂やリビングを吹き抜け空間とし、吹き抜けにアクセスしやすいように個人の領域を配置するなどの工夫がされています。みんなと過ごす場所だけでなく、1人で泣ける場所をつくることも重要とのこと。建替え後に行った「何をしている時間が楽しいか」のアンケート調査では、「お風呂が楽しい」「お菓子作りが楽しい」など、子どもの興味関心に沿った暮らしが実現しやすくなったという結果が得られたそうです。
 施設にいる子どもは時として問題行動を起こします。それは、子どもが直面した困りごとに対して、解決手段が分からないことや、コミュニケーション能力の低さの現れであります。そのため、治療的な介入を行い、子どもと大人の対話から適切な行動を学ばせる必要があります。施設では、スタッフの目が行き届く空間構成をとり、少人数の集団で生活し、生活が行われる空間で対話を通した指導をすることが重要になります。

「住まい」としての児童養護施設の課題-環境心理学や社会学の視点から

 住まいの特徴は、環境を自分に合うように改変できることです。例えば特別養護老人ホームも、私物の持ち込みが可能であれば、自分で環境を変えることができ、今まで自宅で行っていた暮らしを継続しやすくなります。
 大舎型の児童養護施設では、個人のスペースが限られるので、机やベッド上だけが自分の領域となり、ぬいぐるみなどの思いがある物が集積していま
した。小舎型施設の個室では、家具の模様替えをする子もいたそうですが、これは「世界に対して、自分は無力ではない」ということを意識する経験となり、重要な意味を持ちます。2人部屋の場合でも、レイアウトを改変しやすい空間のプロポーションや、分節しやすい窓の数をセットしておくと良い
そうです。居室での暮らしを通して、自分に居心地の良い環境を作り出せることや、部屋の管理のルールを学ばせることが重要になります。
 また、グレーのパイプの2段ベッドやオフィス系の家具は、耐久性はありますが、子どもが「住まい」と受け止められるかどうか考える必要があります。子どもにとって施設は「住まい」ですが、職員の「住まい」ではない場合には、認識のずれが生じ、そうした家具が選択されることがあるとのことでした。グループホームは、6人くらいの子どもと職員が民家を借りて生活しますが、民家の内装やこたつなどが人々に「住まい」らしさを感じさせる力は、とても大きいそうです。

 ここまでの児童養護施設の話は、馴染みのない人も多くいますが、社会保障を受ける人は決して特殊な人ではなく、軽い支援を求める段階から重篤な困難さを抱える段階まで、シームレスに繋がっています。社会的養護の対象となるのは重篤な困難さがある人ですが、その一歩手前の「ハイリスク」の人に対して、重篤な困難を抱える前に支援を届けることは、必ずしも容易でないことも多いそうです。今日の社会保障の分野では、「共生保障」という考えのもと、支える側を支え直すことや、支えられる側の参加機会を拡大し、共生の場の構築を行うことが重要だと言われています。また、「問題を起こす原因を治療する」という医学モデルや、これまでの社会保障モデルではなく、当事者ごとのニーズに応じて生活の質を高めることを目指す、伴走型の「生活モデル」へ転換する必要も指摘されています。

まとめ – 社会的養護の4つの方向性

①地域へ展開:子どものノーマライゼーションのために、施設がグループホームとして地域に出ていき、顔の見える付き合いをすることが重要になります。そして、グループホームが地域に展開することが、地域で課題を抱える人たちの発掘と専門的支援の提供につながり、地域からも感謝されるという関係をも築いている事例が紹介されました。

②地域で展開:社会的養護に携わる団体が、子どもたちの居場所づくりや活動機会の提供、一時保護の受託を行い、共食の場を開いている事例をお話いただきました。こうした場所が地域にあることで、子どもの日常環境が一時保護や施設入所により奪われる、といったことを事前に防ぐ仕組みを作っているそうです。

③居住の持続性の問題:学校が廃校になると子育て世帯が転入しにくくなるため、いくつかの過疎地域では、廃校になる前に、住民が自ら組織を作って空き家の所有者に訴えかけ、転入希望者と繋ぐ活動をしているそうです。移住促進活動や、山村留学制度などが活用されています。このような、地域ぐるみで子育てを見守る仕組みも、社会的養護のベースに望まれます。

④デザインの必要性:新宿の「暮らしの保健室」は、生活の困りごとを相談できるワンストップステーションとなっています。イギリスのマギーズセンターの思想がベースにあり、そこではダイアローグ(対話)の場の設計がされているといえます。「生活モデル」の支援が求められる今日、どのような支援を求めるか・行うか、という模索は、従来の「相談室」といった環境ではうまれにくく、対話を行うことができる良質な空間とは、と考える必要があります。その際、良質な空間が生み出された事例の建築に対する要求水準(architectural brief)が、社会で広く共有されることが重要です。

Ⅱ.ディスカッション

参加者1「児童養護の社会的ニーズはどの程度ありますか?」
— 社会的養護の支援を受けている子どもの率は、ヨーロッパに比べてとても低いです。日本は社会的養護にお金を掛けていないために、最も困難な層しか対象にできておらず、ヨーロッパの水準で支援を行えば同じような率になるという意見もあります。

参加者2「支援のゴールはどこでしょうか。子ども達が施設を巣立った後に、一般的な家庭を築けるようにすることが目標であれば、問題を抱えた子どもたち同士だけでまとまるのではなく、一般家庭の子どもたちが遊びに来るなどの交流も必要だと思います。」
— 例えば施設では、放課後も施設の中だけで遊びが完結してしまうことも多いのに対し、グループホームでは地域の子ども達との交流が多い傾向があります。しかし、本体施設の近くにグループホームを作ってしまうと、本体施設で遊びがちな場合もあります。「生活型モデル」では個人に寄り添った支援を行い、生活の質を上げることを目標にしていますが、生活の質の向上にゴールはないため、常に子どもに寄り添い支援の在り方を考え続ける必要があります。

参加者3「子ども食堂に関わっています。子どもの施設では子どものケアしかしませんが、本当は親の方がケアを必要としていることもあります。場合によっては、子ども食堂の延長で、親も来られるようにして、キッチンで調理方法から教える必要があります。また、そこに来て手伝うことが、逆にケアになっている人もいるようです。」「子ども食堂は、持続的な活動のために、備品や頂いたお米のストックを置く場所も重要です。金銭的な困りごとだけでなく、発達障害や外国人などの理由により母親が孤立するケースもあります。失敗をしない子育てをしたい、という保護者の気持ちが年々強くなっているとも感じます。」
— 児童養護施設においても、保護者の変化が指摘されており、支援方法の模索が続けられています。

参加者4「施設を個室化したことによって、楽しいことの上位をTVやゲームが占めるようになるなど、人との関わりに影響はありますか?」
— 個室にこもりがちになる施設もありますから、食事作りなどを通して、生活の創造力を取り戻せるような環境づくりが重要です。

参加者5「設計の仕事をしています。設計時は面積ベースの水準書が基になりますがそこに現れてこない重要な情報は、どう整理していくと良いですか」「施設以外でのケアが重要となると、住宅を建てるときの作り方も重要ではないでしょうか」
— 良い事例の設計プロセスを丁寧に引き出してまとめ、各フェーズのポイントなどを世の中に発信していく必要があります。入所施設はあくまで最も困難な層に向けられた支援拠点ですから、これからは、それ以外の人に対する支援の場所を、街の中にどう埋め込んでいけるかが重要になります。また、小学校区に1つ里親ファミリーホームを作って社会的養護を担う場となれば、子ども達が環境の変化が少なく暮らせると話す実践者もいます。

近年、児童虐待の痛ましいニュースが多いですが、そうした状況の一歩手前にいる、困難を抱えた方々への働きかけが重要であるというお話が印象的でした。そのためには、日頃から皆が集えるオープンな場を地域に埋め込んでいくことやマギーズセンターのように安心して対話ができる場を作っていくことが必要となります。こうした空間づくりに、建築分野からも多くの貢献ができるはずです。(平井百香)