建築をかんがえるシリーズ VOL.6「歩きながら考えるキャンパスと都市」

 第6回は、青葉山・八木山フットパスの会事務局を運営されている内山隆弘さんをお招きし、青葉山・八木山をフィールドとした多領域にわたる知見とネットワークについてお話しいただきました。個々の知見をリアルなフィールドに落とし込み、物語を紡いでいく内山さんの世界に、参加者一同引き込まれていきました。また、参加者の質疑から、いろいろな活動を巻き込んでいく事務局運営の体験談もお話しいただき、ひとつのレクチャーを様々な角度から考察することができました。レクチャー終了後、フットパスに参加したいという声もたくさん届き、大盛況に終りました。(錦織真也)

講演者:内山 隆弘
東北大学施設部キャンパスデザイン室 専門職員
青葉山・八木山フットパスの会 事務局

1977年栃木県生まれ。2000年東北大学工学部建築学科卒業、2003年同大大学院工学研究科にて修士号取得。その後、母校のキャンパス計画等を行う部署に就職し、現在にいたる。東北大学キャンパス周辺の地域資源発掘の活動をきっかけに、2016年、青葉山・八木山フットパスの会の結成に関与し、現在その事務局を担当する。歴史的建造物とそれを構成する石材、アーバンジオロジー、グリーンインフラなどをテーマとした研究を行っている。

ファシリテータ:錦織 真也

報告者:羽田 光
2021.1.16(土)10:00~11:30

Ⅰ.レクチャー

青葉山・八木山フットパスの会始動までの軌跡

 内山さんが事務局を担当する青葉山・八木山フットパスの会(以下フットパスの会)設立のきっかけは、平成27年の仙台市営地下鉄東西線の開通に合わせて始まった「青葉山三景」(青葉山まちづくり推進協議会)の制作に関わる一連の活動まで遡ります。この活動のなかで内山さんは、それまで何かに応用できないかと考えていたイギリス発祥のフットパスを青葉山にも取り入れ、東北大学の都市・建築デザイン学講座の教員や学生の協力を得ながら、協議会メンバーである青葉山町内会の方々と一緒に青葉山を歩いてみるところから新しい地域の価値を発見する活動を始めていきました。フットパスとは、慣習的に住民によって歩かれてきた道を対象に、たとえ私有地であっても歩く権利が設定されたものです。元々は住民のための道でしたが、そこを歩くことでありのままの景色を楽しめることから、イギリスでは世界中から観光客が訪れ、かなりの経済効果を生んでいます。日本においても、フットパスをテーマにした活動がいくつかの地域で行われています。青葉山町内会の方々も、一緒に歩くことを通して青葉山の面白さに気付いていき、ついには全て手書きの地図からなる「青葉山三景」が完成しました。一方、対岸の八木山でも八木山市民センターを中心に住民の方々がマップを作成しており、青葉山・八木山住民有志の合同で、青葉山・八木山両岸をつなぐ地下鉄の橋と未開通の都市計画道路が一体となった竜ノ口橋梁の上を歩くという活動を企画します。しかし、残念ながら橋梁の通行許可は降りませんでした。内山さんは、いつか竜ノ口橋梁の上を歩くことを目標にしながらも、まずはその周辺を歩くことにしました。

竜の口渓谷のフィールドワーク

時間を越え、分野を越えるフットパス

 こうして回り道をするように活動を始めた内山さんですが、そのうちに竜ノ口峡谷を歩いて渡る方法が竜ノ口橋梁だけではないことが分かりました。内山さんが見せて下さった昭和30年代の仙台市の都市計画測量図には、谷の両岸から当時の住民が歩いて行き来していたであろう細い道がたくさん描かれていました。内山さんは、今は深い藪に覆われて歩くことは難しい状況ではあるものの、わざわざ新しく道を作らなくてもこういった古い道を発見して歩けるようにすることで青葉山・八木山両岸を結ぶフットパスができるんじゃないかという発想に至ったといいます。

 その後、地域の歴史に詳しい郷土史家の方から江戸時代の八木山の絵図の存在を教えて頂く機会があり、八木山の住宅地は、昔はお殿様の林で一般人は立ち入り禁止のエリアだったことを知りました。絵図には藩士のみが通行を許された道も描かれており、こういった道を地形的に見ていくと、奥羽山脈の東西を繋ぐ道が青葉山の一番高いところ(かつて二本楢と呼ばれていた)で8本の大きな尾根に分かれて伸びていて、絵図に描かれている道は尾根筋の道であることがわかりました。また、二本楢では旧石器時代の石器が発掘されていますが、この石器はケイ質頁岩という火山灰がケイ素によって硬くなった石を使っており、その産地は現在の山形県と考えられているそうです。こういった事柄をつなぎ合わせると旧石器人も江戸時代の藩士と同じ道を歩いていたことが想像され、青葉山にはいわゆる太古のフットパスが存在していたことがわかりました。

 こうして、それまで気にも留めていなかった道や場所が、地学や歴史学といった分野横断的な知識を通して全く特別な場所に思えてきたという経験を経て、フットパスの会の設立に至ったそうです。フットパスの会の活動は主にフィールドワークとワークショップからなり、広報誌「青葉山・八木山フットパス通信」などの形で成果をまとめています。フィールドワークでは、毎回いろんな分野の専門家に来ていただいて、テーマを決めて歩いています。そしてワークショップは、フィールドワークで教えてもらったことをガイドブックなどの成果物としてまとめていくための編集会議的な位置付けで行っているそうです。平成29年度にガイドマップ、平成30年度にはフットパスの会の展示パネル、令和元年度にはガイドブックを作成しています。

 内山さんは、青葉山・八木山のいくつかのキャンパスで様々な研究をされている方に積極的に声をかけ一緒に歩いてもらうことで、地質、自然、歴史といった分野の境界を越境し異なる分野間をつないでいくようにしています。

仙台城清水門跡のフィールドワーク

路傍の石から世界を見る

 内山さんによると、道端でよく見かける「石」は「普段何気ないものが見方を変えることで全く違う世界が広がる」というフットパスの会の活動の考え方を象徴しているとも言えます。実際、平成31年度には青葉山にあるたまきさんサロンと国際センター駅で、東北大学総合学術博物館の協力を得ながら、道端に落ちている石を集め、その石からどういったものが見えてくるのかという展示をされました。レクチャーでは、展示会で展示した石をベースに、その石の成り立ちや分布、および仙台の大地の形成過程といった地質学的な説明と絡めながら、その石が使われている仙台の建築事例にも言及し、「石」と仙台の建築文化との関係が語られました。話は800万年前にまで遡ったところから始められ、500万年前、350万年前、40万年前、3万年、そして現在、という非常に壮大なスケールを持った時間軸の中で展開されていきました。800万年前の大地の恵が仙台の建築文化を培ってきたという視座や、人間の活動(建築行為)による地質的な層序の逆転、埋れ木細工といった産業との関係など、非常に興味深く、また日常生活で抱えていた疑問が解消されるような話題で盛り上がりました。たとえ身近にありふれた路傍の石であっても、いろいろな知識の蓄積があることで日常とかなり違うスケール感で物事を感じることができ、地域の新たな見方に繋がることを教えていただきました。

足元に500万年前の海

「歩く」から「つくる」、「つながる」、「広がる」へ

 このように、歩くことから今あるものの魅力を発見しようという活動を行ってきた内山さんですが、その他にも、地元住民や行政などいろいろな人たちが関わり合いながらその環境自体を魅力的なものに変えていこうという活動も行っているそうで、それらの活動についてお話をお伺いしました。

 最初にお話しいただいたのは、八木山市民センターの方々と一緒に作った散策コースのコースサインです。サインには参加した住民の方々の足型を拓本にしたものが載っているそうです。サイン一つ一つの足形が違うことでサインを見る人は誰でも楽しめます。制作に関わって足拓を取った人は自分の足拓を見つけて嬉し恥ずかしいといったところでしょうか。自分たちの足拓が載ったサインを見に行こう、自慢しようと歩くきっかけにもつながる素敵なアイディアだなと思いました。また、このサインは木で作られているのですが、四年ほど前に伐採された広瀬通りのイチョウを譲ってもらったものだそうです。サイン制作の工程としては、足拓をパソコンに取り込みサイズ調整したものを木版にプリントしてレーザーカットしたところに、ウォールナット材の薄板を象嵌したそうで、東北大学および東北工業大学のデザインや木工などの教員や学生に関わってもらい完成したものです。内山さん曰く「不必要に手の込んだ標識になっている」のですが、こうすることでいろんな人に参加してもらいながら作るという狙いがあったといいます。また最近では、仙台市の健康政策課との協働で、健康の意識を持ってもらってもらう目的でこのサインに仙台市の街中歩数表示という情報を追加しました。基準地点までの歩数や消費カロリー量、その場所に関する豆知識なんかも表示した看板を全部で7箇所に設置しているそうです。

 つづいて、青葉山フットパークについてお話しいただきました。この公園は、青葉山駅と八木山駅のほぼ中間地点に立地し、もともと青葉山町内会が仙台市から借りていた空き地だったところに、散策時に休憩のできる公園を作ろうと考えたのが整備のきっかけだそうで、緑の環境プラン大賞(都市緑化機構・第一生命財団)に応募したところ賞を獲得し、その賞金で材料を調達することができたといいます。驚くべきことに、労働力は全て青葉山・八木山の住民や学生のボランティアで、作業に必要な道具も参加住民の造園業者の方が提供して下さったそうです。

 また、このフットパークの整備と前後して、八木山の町内会でも身近な環境づくりへの活動が大変盛り上がっており、現在は八木山テラスの整備が精力的に行われているそうです。その敷地は仙台市の所有する土地で、林の中に草の広場があるのですが、市で行う草刈りの頻度だと草が伸びていて広場としてはあまり魅力がない状況だったそうです。そこで地元の人たちが金剛沢緑地愛護協力会という団体を立ち上げてかなりの頻度で草刈を行い始めて、加えてこういう場所にしたいというイメージ図を作成し、その実現に向けてこれまでに竹のサンシェードや花壇を作っているそうです。

 歩くことから生じた住民の方々の好奇心が公園整備などの物理的な環境を作ることにも波及し、いろいろな人たちをつなげ、そして別の場所での活動へと広がっていく一連の流れは非常にエネルギーに溢れていて魅力的に感じました。

コース標識の整備

フットパークづくり

歩くことは一つの主張でもある

 最後に、キャンパスと都市というお題について内山さんの考えをお伺いしました。内山さんはこれまでの活動を振り返って、キャンパスやその周辺に広がっている街は人的・物的資源の宝庫であり、街の中には価値の見出されていないものや場所が色々あり、いろいろな知識を持った人もいるが、あらゆるものの境界を曖昧にしてつなげていくことを通して普段何気なく見ていた土地に新たな意味づけを行うことができると考えており、そのために重要なのが一緒に歩いてもらうことだといいます。歩くことの意味は、本などで読むような知識を実際に歩いて体験することにあり、それは何よりも楽しいことだといいます。キャンパスの敷地を超えて、実空間を一続きで体験することが重要であり、一緒に歩くことで価値の共有にもつながります。活動拠点である青葉山・八木山も、他の地域同様にいろんな管理区分に分かれており土地の所有者も管理者も全く違うのですが、そういうところを境界に捉われずみんなで歩いていくことは一つの主張にほかならない、と内山さんはレクチャーを締めくくりました。

. ディスカッション

 ディスカッションでは、まず内山さんの街の見方が話題となりました。レクチャーでも地質について触れられていた内山さんですが、もともと地質的なところに非常に関心があり、歴史的建造物に使われている石がどこから来たものなのかが気になって仕方がない状態だそうで、今は人間が建造したものを地質的に見ていくことに面白さを感じてそれを調べたりしているとのことでした。そのなかの発見の一つとして石材を運んだ交通手段の発達と片平キャンパスの建造物に用いられる石の多様化についてお話しいただきました。

 次に、学問やコミュニティの区分を越境して一緒に取り組んでいることが活動の魅力を高めるのに一役買っていると思われるが、それらが一つにまとまっていくプロセスについて質問がありました。それに対して内山さんから、その時々で必要なものを手繰り寄せていくような感じで既存の活動を巻き込んでいき、そうしているうちに糸が張り巡らされていくように行政の窓口ともつながっていった経緯が説明され、人のつながりが現在の活動や魅力にもつながっていることをお話しいただきました。

 さらに、コロナウイルスが蔓延している現在の状況を踏まえて、キャンパスや都市のあり方や、コロナ禍で力を発揮したものについて話題に上がりました。内山さんは、屋外空間の価値、歩くことの価値がそれぞれコロナで見直されたと思うが、とりわけ、コロナ以前との違いとして屋外空間を「歩く」という行為にみんなが程よい距離を保ちながら集まってコミュニケーションをとる方法としての価値が認知されるようになったのではないかと指摘します。その上で、コロナ禍でも屋外での活動は比較的自由にできた経験から、キャンパス空間の本質は屋外空間にあるのではないかと提言されました。内山さんによると、キャンパスはいくつかの建物の集合体であり、屋外空間がそれらをまとめて繋ぐ役割、またそのつなぎ方によって知識の交換にふさわしい空間を演出する役割、さらにはキャンパスと街を繋ぐ役割を果たしているといいます。コロナ禍では、中庭、広場、緑地といった屋外空間が、学内外の人に居場所を提供する役割を担い得るということがわかったといいます。屋外空間との関係については、有名な公園にわざわざ出かけるのではなくて自分の家のドアを開けた先がすでに素晴らしい場所であるというのが理想的だとし、その環境を作っていくための方法の一つとして、まずはキャンパスと周辺の街の資源をつなぎ合わせて、それらを磨いていくことの意義が語られました。

 また、仙台で活動されている設計者の方からは、街のことを知ることでデザインに対する重みが出てくると思うといった意見や地域のことを知らないうちにまた別の土地に移ってしまうのはもったいないので色々な人に今日お話しいただいたようなことを知っていただきたいといったコメントが寄せられた。また、建物内部にも地質が眠っているので、屋外だけでなく屋内にも活動を展開してはどうかという提案も出されました。

 また別の設計者からは、地域の方を巻き込んでいくのに非常に苦労したというご自身の経験から、地域の方をいかに巻き込み、そしてどのように活動を継続しているのかという質問が寄せられました。これに対して内山さんから、ゼロから作るのではなく既にある活動を徐々に巻き込んで連携していくといい。そして、みんなが自分で発案したことは人にやってもらうのではなく自分でやるという責任を持ちながらサポートし合っているのが継続につながっているとお話しいただきました。

 その他にも、昔使われていた生活路は今どうなっているのかとの質問に対して、今は使われておらず藪に埋れてしまっているがフットパスの会で手入れをしている道もあるという回答、歩くときのポイントはあるかとの質問に対して、ストーリーとして理解するというのが一つ大きなポイントで、例えばその中にそこらへんに落ちている石を800万年に及ぶ大地のストーリーの中に位置付けるのが歩きながら身の回りの環境を理解する上で効果的なやり方だという回答をいただきました。

竜の口渓谷のフィールドワーク

 今回のレクチャーでは、歴史や地質といった学問分野を横断した興味・関心から、およそ800万年にも及ぶ壮大な時間軸の中で青葉山・八木山を中心とした仙台の地形形成の過程や建築文化との関係にも触れながら、フットパスの会を中心とした内山さんのこれまでの活動やその経緯が語られました。個人の好奇心がいろいろな人を巻き込みながらフットパスの会の結成につながり、果ては公園整備などの活動とも結びついていることは非常に興味深いです。また、キャンパスの本質は屋外空間にあるとの指摘は、ポストコロナの社会を考えていく上でも重要な手掛かりになると思われます。

 レクチャーでは、普段見慣れた街であってもきっかけ次第でその見え方が大きく変わるというお話がありましたが、今回のレクチャーが私にとって、いや聴講者全員にとってまさにそのきっかけになったのではないでしょうか。(文:羽田 光)